2012年 月 14日 (月)
パリの空の下・・・
ようやく・・・やっと、もう戻ってこないのかと思われた春がこの週末に舞い戻ってきた。あまり無理をしてすぐにまた引っ込まれても困るのだが、昨日の日曜日はひさしぶりに大きく青い空が広がった。数字の上での気温は最高でも20度にもまだまだ届かないほどに及び腰だったが、時折り雲の後ろに隠れては出てくる陽が暑くすら感じられるというのは果たして僕の肌がそれほどまでに陽光を恋焦がれていたからだろうか。
何だかんだとパリで過ごす週末というのは思っていたよりも少ない。今日は午後から街中散歩に出かけようということでいつもよりも早めに昼食をとろうと思ったのだが、陽射しのもとで我が家でくつろぐ日曜の午前はこのまま永遠に続いてもいいのだよといいたいくらいに気持ちよく、早めの昼食のつもりが食べ終わったのは四時だった。しかしいいのだ。五月のパリ、日暮れは9時まで待ってくれる。
どこへ行くの? そう車の中で尋ねるSに「さぁね」と僕はぞんざいに答えてしまったのだが、別にこれはミステリー旅行というわけではない。どこに行こうか、そんなことはまだ考えていないのだ。着いてから考えようと思っている。どこに着いてから? それも着いてから考える。そんな滅法な外出をさせたくなるパリの五月の空だ。ノートルダム寺院が迫ってくるあたり、橋のたもとで場所が見つかり次第車を停めようと思っていた。思えば願いは叶うのか、場所でない場所が僕にとっては場所に見えてしまうのか、めざすところに車を停めることができた。外では眩しい光の中で古本市が店じまいをしはじめていた。古本市だというのに屋根すらない。市主をしてそれくらい思い切りよくさせる青空だったのだろう。
細い道をひとつ進めばセーヌ河に行き当たる。そしてノートルダム寺院が現れる。川べりには常設の古本屋の列。こういう古本屋が街の外に並んでいるのはパリだけではないだろうか。緑色のブリキのケースをパカッと開くとそのまま本屋になるような造りのものがこのあたりのセーヌ岸辺を彩っている。プラタナスさざめく葉風が舞い降りてくる中、岸辺を歩く人々に混じってゆっくりとひとつひとつの古本屋の台へと身をかがめて吟味する人々がいる。ここを歩くとSもすぐにその仲間となる。この古本屋群はフランス語でBouquinistesブキニスト。本は普通はLivreだが、俗語でBouquin、ブカンという発音だが英語のBookにつながりそうな単語だ。そのBouquinを売る人たちだからBouquinistes。
いつもいる人々、いつも見る景色。しかし前に見た景色とは違う。二度と同じ景色は巡ってこない。橋の上で絵を描く老人。音楽を奏でる浮浪者。カフェとなった岸辺の船の上では何か楽しそうなパーティーだ。そして溢れるほどの行き交う男女。いつの間に生まれた習慣なのだろうか、セーヌの上にかかる橋には無数の鍵 − 南京錠というのだっただろうか − が金網にくくりつけられている。恋人たちが永遠の愛をなぞらえてここにしっかりと彼らの錠をくくりつけ、そして鍵を川へと投げ去って行く。パリは愛を誓わせたくなる街。
シテ島からサンルイ島へのこの道もいつも辿る道だ。川辺には今日の青空を待ち構えたかのように大勢の人間がたたずんでいる。近づいてみてわかる彼らの思い思いのいでたち。上半身裸の男たちもいれば、早くも水着姿のもいる。突然現れた大勢の人間たちにカモたちは驚いてはいないだろうか。眼下の川辺をポプラ並木がそよいでいるのが今日はひときわ爽やかだ。マロニエ、プラタナス、そしてポプラ。それぞれが似つかわしいパリの街の場所が思い浮かぶ。どこに何を植えるか、それを考えたのは誰だろう。
橋の上からセーヌとサンルイ島を眺め、ついまたあの歌を思い出さずにはいられない。
Sous le ciel de Paris パリの空の下
S'envole une chanson 歌が流れてゆく
Elle est né d'aujourd'hui それは今日
Dans le coeur d'un garçon ある若者の心に生まれた歌
Sous le ciel de Paris パリの空の下
Marchent les amoureux 恋人たちが行く
Leur bonheur se construit 彼らだけの世界
Sur une air fait pour eux 彼らだけの幸せ
Sous le pont de Bercy ベルシー橋の下
Un philosophe assis 腰を下ろしもの想いにふける者
Deux musiciens, quelques badauds 音楽を奏でる者二人、見物人
Puis des gens par milliers そして大勢の人間
本当にそのままの世界、そのままの景色ではないか。歌詞をたよりに昔僕が頭に思い描いていた遠い景色がいつの間にか生活の中の当たり前の日常をなしている。そのことを忘れて生きている今の今日、「ほら、覚えているか?」 降り注ぐ五月の陽がそう僕に声をかけてきているようだ。
あの歌を最後まで続けてみよう。
Sous le ciel de Paris パリの空の下
Jusqu'au soir vont chanter 日が暮れるまでつづく歌声
L'hymne d'un peuple épris それはこの街に魅せられた
De sa vieille Cité 人々の賛歌
Prés de Notre-Dame ノートルダム寺院のわき
Parfois couve un drame ときには事件も起ころう
Oui, mais à Paname ああ、でもここでは
Tout peut s'arranger すべてがうまく収まるのさ
Quelques rayons du ciel d'été 夏の空の陽光
L'accordéon d'un marinier 船頭の奏でるアコーデオン
L'espoir fleurit パリの空に向かって
Au ciel de Paris 希望が広がってゆく
Sous le ciel de Paris パリの空の下
Coule un fleuve joyeux 歓びをたたえて川は流れ
Il endort dans la nuit 夜になれば岸辺で
Les clochards et les gueux 浮浪者やごろつきを眠らせる
Sous le ciel de Paris パリの空の下
Les oiseaux du Bon Dieu 世界じゅうからやって来た
Viennent du monde entier 鳥たちも集い
Pour bavarder entre eux おしゃべりをする
Et le ciel de Paris そしてパリの空は
A son secret pour lui 人知れず秘密をも持っている
Depuis vingt siècles il est épris ずっと昔から
De notre île Saint-Louis サンルイ島に想いを寄せてきた
Quand elle lui sourit サンルイ島が微笑めば
Il met son habit bleu パリの空は青く輝く
Quand il pleut sur Paris 街に雨を降らすとき
C'est qu'il est malheureux それはパリの空が悲しんでいるから
Quand il est trop jaloux 数え切れないほどの
De ses millions d'amants 恋人たちに嫉妬をおこすと
Il fait gronder sur eux パリの空は唸り声をあげて
Son tonnerre éclatant 稲妻を走らせる
Mais le ciel de Paris n'est pas longtemps cruel でもパリの空はいつまでも意地悪ではない
Pour se faire pardonner, il offre un arc-en-ciel お詫びのしるしに投げかける七色の虹
サンルイ島を眺めながらこの歌を思い描くのは初めてだ。そうか、この歌はここで生まれたものだったのか。そう気づいた。思い出したというべきか。そしてなんと今もぴたりと我が目の前にそよぐ景色に沿う詞であることか。パリの起こりがここサンルイ島であることは昔に習った。今やパリの他のあちこちに高級住宅街が並んでいることも知っているが、今でもパリの中で人々の一番手が届かない場所はここサンルイ島だという。カトリーヌ・ドヌーヴや岸恵子が住んでいると聞いたが、今もそうなのだろうか。
パリが大都会となった今でも、なぜか僕はどこかへ行きたくなるとここへ来てしまう。セーヌが左右に分かれて流れていくからか。人は水に囲まれることで何か心に想うものが生まれるのだろうか。サンルイ島には今でもパリの心がたたずんでいるからだろうか。ここに来ることは遠い昔に帰るような想いをおこさせるのか。そして遠い昔に帰るということは、ものの始めに戻るということだろうか。
目に入ったカフェでほんの少し休んだ。いつまでも空は青く陽は高い。
もうひとつ、僕がいつも足を向けてしまうところへこのついでに行ってみよう。そう思ってふたたび車に乗った。ものの5分で着いた場所、そこはリュクサンブール公園だ。入口を入ってまっさきに目に入ってくるマロニエ林の中のカフェが僕は好きだ。そこの席についたことは一度もないが、ここを見つめて過ごすのはいつものことだ。傾きかけた陽が透かす窓、そこに映る人の影。ギャルソンが振り回すかのごとく運ぶトレイの上で不思議と安定して乗っている瓶とグラスが陽を受けて輝く。人々の頬も輝く。落ち葉のない今の林の中、その輝きは若々しい 。
大勢の人間で埋まっている公園だが、おそらくここにいる者それぞれはこの世には自分そして傍らの者しかいないと思っているのではないだろうか。光と空気というものはすべての者で分かち合いながらも、決して同じものではない。人は自分だけの光と空気を我が身のまわりに作り出す。それが幸せというものなのだろう。Sous le ciel de Paris パリの空の下
Marchent les amoureux 恋人たちが行く
Leur bonheur se construit 彼らだけの世界
Sur une air fait pour eux 彼らだけの幸せ
そういうことなのだ。
そんな光と空気を僕はひとつひとつ眺め、想像し、そして幸せになる。
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